2016年01月29日

ナショナリズムへのあえての苦言

 1面ジャックなるか、と思った琴奨菊の日本人力士として10年ぶりの優勝というおめでたい話題は、どうやらスポーツ紙記者の心を打ったようである。
 優勝した翌日の25日、スポーツ紙1面は琴奨菊の大見出しでいっぱいだった。内助の功で琴奨菊を助けてきた奥様と一緒に、デカデカとアップの写真だ。のみならず、24日当日は号外まで配られたのである。
 年明け早々、芸能ネタでのゴシップと、ビッグカップルの結婚発表などでスポーツ紙なのにスポーツネタが追いやられていた2016年だが、ようやくアスリートが1面をしめることになった。ただし、この琴奨菊の優勝も、デイリースポーツだけは我関せずだった。
 1面ジャックとならなかったのは、もしかしたら、この優勝が東京・両国国技館での優勝だったからかもしれない。大阪であれば、デイリースポーツも地元の熱狂をうけて1面にしていたかもしれない。

 うん、まあ、スポーツ紙記者が1面に琴奨菊を飾りたいのはいいとしよう。10年ぶりの日本人力士の優勝だし、3横綱を破っての堂々とした優勝だったのだから。

 ただ、モンゴル力士は敵ではない、とだけ苦言を呈したい。不甲斐ない相撲を今までとってきたのが日本人力士だったのではないか、とも思う。
 なぜこの後の横綱審議会において、3場所続けて優勝を逃している白鵬について「あれは何だ」とのイチャモンがついたそうだ。
 最初にいっておくが、私は特に白鵬のファンではない。相撲に関して深い知識があるわけでもない。だが、3人現状では横綱がいるなかで、3場所優勝取れないことだって、そりゃあるだろう。今まで白鵬が連勝を重ねていた時、他の2横綱に対して、審議会はイチャモンをつけていたのだろうか。猫だましの技を使ったときもそうだが、朝青龍関がぬけてからの日本の相撲を守ってきてくれた人に対して、何だか厳しすぎやしないだろうか。

 重ねて言っておくが、特に白鵬のファンではないし、琴奨菊関のファンでもない。
 だが、そういう第3者から見ても、これは依怙贔屓に値するのではないかと思う扱いに感じてしまうのだ。

 全然ナショナリズムを感じないスポーツになってしまっているではないか。全然「お・も・て・な・し」ではないではないか。あらゆる国に出向いて相撲の世界にスカウトしてきているのは、我々日本人ではないのか?
 異国の慣れない文化のなかで頑張っているスポーツ選手を、なぜ敵のように扱うのだろうか…と、今週一週間のスポーツ紙・スポーツニュースをみて感じてしまった。同じ思いをしている日本人もいるらしく、全国紙などの投書欄にも同一内容のことが書かれてあったものもある。
 もう少し、インターナショナルな気持ちでいろんなスポーツを見守ってあげていただきたい、とそう思わせられた。




posted by 調査担当 at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ紙情報(調査Henryより) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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